不動産コラ 6.今日からプロ

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昭和55年の9月に、私は2つの不動産会社に応募の電話をかけました。最初はマイホームセンターでした。しかし、対応がそれまで私がイメージに抱いていた不動産屋そのもので、ビックリしてしまったのを昨日のことのように覚えています。

次に、1日ぐらいおいてから、朝日住宅に問い合わせました。ここは、非常に対応が良く、すぐに当時、三鷹にあった本社に面接にくるように言われました。当日は、5人ほどの面接があったと記憶していますが、入社したのは全員で、2、3ヵ月後に残ったのは、私とMという社員でした。

Mさんは上野支店に配属になり、私は立川支店に配属になりました。入社の前に簡単な試験があり、ごく簡単な試験でしたが相撲の三役は?という質問があったこと以外は忘れてしまいました。この試験で、いい点数を取った社員は、定着率と営業成績が悪いのだそうです。

つまり、あまり常識的な考え方しか出来ない人は営業向きではないのかもしれません。配属前に三鷹支店で2日間ぐらいインストラクターによる研修がありました。インストラクターは本田さんという方で、開口一番「皆さんは今日から不動産のプロですから」といいました。

その真意は、不動産という高価なものをあつかう以上、「私は不動産については素人です」などと言えば、お客様は必ず警戒するからです。それでなくても、不動産会社という職業は、一般の人にとって敷居の高い、なんとなく不透明感のある職業の一つでもあります。

最近では、20代の学卒で不動産仲介会社に働いている人も多くなりましたが、私が面接試験を受けたときに一緒だった人たちは、それまでにある程度の人生経験を積んだか、他の不動産会社で働いたことのある人たちでした。

私自身も、すでに40代の半ば近くになってい、営業という職種についての経験はその時が二つ目で、それまでにも、上京以来、いろいろの職業を経験しましたが、営業社員としてやっていけるかは全くの五里霧中。

その頃の朝日住宅の集客方法は展示場方式で、新宿のセンタービルにある展示場と、吉祥寺駅の駅ビル地下の展示場と各支店の展示場にイメージチラシでお客様を集客する方法でした。私が入社する何年か前などは、お客がものすごく多く、案内している最中に、物件が次々に売れてしまい、社員の収入も馬鹿にならないものだったといいます。

2日ばかりの研修が終わったのち、私は立川支店の2課に配属されました。立川支店の社員構成は店長、部長、1課、2課、3課、5課の4課体制で課長が4人。他にアルバイトの女の人が3人ぐらいいました。営業社員は各課に6名。全員で33名ぐらい。

配属された日の朝礼で紹介され、片側3人掛けの営業マンんデスクに座らされた私は、吉祥寺の展示場に行くように課長に言われました。その頃の吉祥寺展示場は駅ビルの地下通路に物件ファイルを貼ったパネルが置いてあり、そこで立ち止まったお客様を営業マンがキャッチし、地下通路から地上に出、駅の反対側のビルにある手展示場に誘導して物件ファイルを見せるというものでした。

私が不動産営業の最初に遭遇したのは遠藤さんという若いお客様で、昭島市あたりで探しているといいました。吉祥寺展示場に出る前に、課長からはお客様に会ったら必ず電話するように言われていたので、すぐ課長に指示を仰ぎました。

課長は「とにかくお客様を立川支店まで連れて来るように」というわけで、何と言ったかは覚えていませんが、何とか立川支店まで連れ帰りました。課長が接客し、課長はこれから「藤野」に案内するようにとのたまったのです。

残念ながら入社3日目のプロ(?)社員の私は「藤野」といってもちんぷんかんぷん、そして、小野建設の新築現場と言われても何のことやら、内心「どうすりゃいいの」と頭の中が真っ白状態。そこで課長が同じ課のベテラン社員を運転手にして案内するという段取りになりました。

藤野というのは中央線の八王子の先で、山梨県になります、昭島で探しているお客様をいきなり山梨県ですから今考えてもすごいことを考えたものです。ところが、あまりひとけのない所に建っていた新築住宅を見た遠藤さんは、すっかり気に入ったらしく、立川支店に帰ってきて、購入申込書を書いて帰って行ったのです。

それで、喜んでいたのも翌朝の朝礼前までで、朝一番で遠藤さんから断わりの電話が入りました。いわく「よーく考えたら、会社に通うには遠すぎる」ということ。というわけで、営業マンは朝一番の電話があると「ぞーっ」とするのであります。遠藤さんの会社は府中だったのです。

後日談ですが、和室中心の住宅を探していた遠藤さんが購入したのは青梅線の拝島駅から10分ぐらいのところにある、洋間だらけの昭島市の中古住宅でした。もちろん、担当社員は私です。

その頃、2課の主任をしていたSさんは、いつも「お客は嘘つきだから」といっていました。お客様にしてみれば、うっかり本音を漏らすと、一気に契約まで持っていかれそうで、身構えるからだと思います。言ってみれば、一種の防御本能なのでしょうが、時々ひどい目にあったことがあります。まあ、人間とは不可解なものなのであります。




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